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Tetsuo Kuboyama

Colum: Hospitality Topics #8     顧客とブランドを喪失させる“二重価格”は儲からない

更新日:10月14日

#二重価格, #価値共創, #価格戦略, #2C1B: Cashflow, Customer, Brand


<要旨>

①「二重価格」発想は、経営を危うくする。「二重価格」は学割や繁忙期価格設定とは性質が違う

②企業の継続的な事業成長には、顧客との長期的関係性が必要

③長寿企業大国である日本の商道を見直す価値あり

 

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日本を訪れる外国人観光客数はコロナ禍以前を上回る勢いで増加、観光業界は再び追い風を享受している。一方で経営者は物価高や人件費高騰に悩まされているが、それを「海外客にとって日本は安いから価格を高く設定しよう」という発想で切り抜けようとするのは、実はとても危険なのだ。

 

㈱ロイヤリティマーケティング社のレポート(引用1)によると、「二重価格」について約7割が賛成でその理由は観光資源の維持管理とされ、「二重価格」を許容できる場所としては文化施設や自然保護区だという。一方、デメリットを指摘する3割超は差別的印象を与えることを懸念している。人々が感じている、その違和感の源泉を分析すると「二重価格」発想がなぜ危険で、かえって経営が立ちゆかなくなってしまうのかが見えてくる。

 

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企業の存続は顧客との長期的関係性に依存している。食材の仕入れ値が高くなっても、なんとかやりくりして価格を現状維持する定食屋さんがある。店主は「毎日食べに来てくれるから、高くしてしまっては困るでしょうから」と言う。それでもどうにも帳尻が合わなくなってきて、ようやく「50円、値上げさせていただきますが、食材の仕入れ値が元に戻れば、価格も戻します」と詫びるのだ。これは、単なる美談でもなく、店主が経営オンチだという話でもない。これが事業を存続させる、正解の対応なのだ。

あらゆる企業にとっての事業の成功は、キャッシュフロー、顧客、ブランド(2C1B:Cashflow, Customer, Brand)の向上にかかっている。顧客の獲得・維持・発展は、安定的な経営の要である。固定客の存在は、あらゆるコストを軽減させ、製品やサービスを修練させることでブランドを強固にし、着実にキャッシュフローを生み出す。

 

価格は経営を左右する戦略そのものである。価格を高くする時には、確固たる理由と顧客の納得が必要だ。そうでなければ、顧客は別の選択肢(店)に去っていく。短期的な損得に過敏になり、提供する製品やサービスの内容を全く変えないまま価格だけを高く設定することは顧客の不信感を生み、ブランドを毀損してキャッシュフローを失うことを意味する。ましてや、「外国人客にとって日本は安いだろう」という発想で値付けすることは、かえって大きなコストがかかる。対ドル円の変動に合わせて価格設定をすることなど、煩雑過ぎて現実的ではない。

更に、価格に対するこのような戦略性の欠如は、提供する商品やサービスレベル、そして従業員の能力(人的資本)も低下させることになる。顧客が納得のいく商品サービスや価格を実現するために知恵を絞るチャンスを失ってしまうからだ。

 

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ホテルなどの繁忙期の料金設定や学割やシニア割なども二重価格なのだから、問題ないと主張する人たちがいるが、これらの価格設定は全く性質が違う。

繁忙期や閑散期の特別料金設定は、需要と供給のバランスに基づくものであり「日本は安いから」という理由ではない。ただし、需要が過剰だからといって、提供する商品サービスの内容を変えずに通常料金の何倍もの価格を設定すれば、やはり顧客は去り、ブランドを毀損し、キャッシュフローを失う。なぜならば、価格次第でそのホテルを選択する客ばかりになってしまい、そのホテルを「目指して」来てくれなくなるからだ。これは装置産業であるホテル経営にとっては致命的だ。

 

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以上、述べてきたことは、アカデミックな知見からも支持される。企業の存続が顧客との長期的関係性に依存していることは、マーケティングなどの領域でも指摘されている。顧客が求める価値の実現を企業(従業員)が支援するという「価値共創」(Vargo & Lusch, 2004; Gronroos, 2006他)(引用4,5)を実践している企業は成功している(価値共創の詳細な解説は、Colum: Hospitality Topics #2をご参照)。

先に述べた定食屋さんのエピソードは「価値共創」の実践例とも言える。そしてあの店主が実践していたことは、そもそも、私たちにとって馴染みのある、日本らしい商いのやり方でもあるのだ。石田梅岩は「商人はまず客の道理を悟り,しかる後,我の立ちいくことを考えよ」と指摘する(引用4)。石田梅岩の商道とは「身勝手の事は,経営によいとしても,他人(顧客)の害となる事があれば,どれほどの利益をもたらそうとも,決して許してはならない」(引用5)というものである。こうした経営哲学が日本を長寿企業大国にしたのだから、今こそ、見つめ直す時なのではないか。現在、様々な場面で強調されている“サステナブルな”経営の実践である。

 

引用文献

1)㈱ロイヤルティマーケティング 公開レポート「訪日客向けの二重価格に関する調査」

2) Vargo, S.L. and Lusch, R.F. (2004). "Evolving to a new dominant logic for   

  marketing" Journal of Marketing, 68(1), pp.1-7.

3) Gronroos, C. (2006). "Adopting a service logic for marketing" Marketing Theory,

  6(3), pp.317-333.

4)石田梅岩(2007).『都鄙問答』岩波文庫

5)由井常彦(2007).『都鄙問答―経営の道と心』日経ビジネス人文庫

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